研究会|Workshops

2025年度 第2回 土山湾研究会


「⽇本における上海⼟⼭湾⼯房作品の流布と影響に関する調査」
關於上海⼟⼭灣作品在⽇本的傳播和影響的調查


日時:2026年1月10日(土、周六)
   10:00―17:50(⽇本、韓国)  9:00―16:50(中國、新加坡、台灣)
司会:郭南燕(明治大学)
通訳:郭栩峰、劉鈺、郭南燕


▼録画のリンク(2026年2⽉8⽇まで有効)

https://zoom.us/rec/share/98lk3oSVmB6btONhBTdwJQDJrXXFhPcikGvS0u8kTLt5h_Pl8zesdwFdnOMcBN19.VcjDZ7W52ZeX5VAR

パスコード: h3&LQ!6j (until 8 Feb. 2026)

<利瑪竇『天主実義』における「霊才」について>  ⼩野正弘(明治⼤学)
コメンテーター(點評者): 李奭學 (中央研究院中国⽂哲研究所)

利瑪竇『天主実義』の⼟⼭湾慈⺟堂版においては、それまでの版を引き継いで、「霊才」という語が⽤いられている。これは、柴⽥篤校注(2004)『天主実義』平凡社(東洋⽂庫728)では、「知性」と訳されているものである。今回は、この「霊才」について、全例を分析し(同書には8例を数える)、その由来についても検討したい。なお、これは、「『天主実義』における「霊」字を有する字句」として、『上海⼟⼭湾⼯房と⽇本⽂化』(仮題)に2026年に公開予定の論考の⼀部となるが、同論考では、紙幅の都合上、全例が検討できなかったものである。解釈(理解)について、また、由来についても、ご教⽰頂ければ幸いである。

關於利瑪竇《天主實義》中的“靈才” 之詞

在利瑪竇《天主實義》的⼟⼭灣慈⺟堂版本中,如同以前的版本,“靈才”之詞依然被使⽤。在柴⽥篤校注(2004年)的《天主實義》(平凡社,東洋⽂庫728)中,此詞被譯成⽇⽂“知性”。此發⾔將對本書中的⼋例“靈才”進⾏分析,並且對其由來進⾏探討。這是2026年將出版的論⽂集《上海⼟⼭灣藝術院與⽇本⽂化》(暫定標題)中所收的⼩稿 “《天主實義》中具有“靈”的字句” 中無篇幅探討的內容。有關其解釋和理解及其由來,希望得到諸位的指教。

<近代上海のカトリック建築における中⻄様式の対⽴と融合—観⾳兜形⼭墻を例に—> 
劉鈺
(早稲⽥⼤学⼤学院)
コメンテーター
(點評者): ⼩倉康之 (⽟川⼤学)

19 世紀半ば、フランスのイエズス会は上海の徐家匯地区⼟⼭湾において「中国⽂化適応政策」に基づくカトリックコミュニティを形成した。この過程で、上海特有の建築要素である観⾳兜形⼭牆がカトリック建築に取り⼊れられ、中⻄建築⽂化の衝突と融合を象徴する視覚的記号となった。さらに、この要素は⽯庫⾨建築に代表される上海の都市形態の形成にも重要な影響を与えている。本研究では、観⾳兜形⼭牆のカトリック建築への導⼊と相互影響を考察し、バロック式観⾳兜形⼭牆という独⾃の様式が確⽴される過程を明らかにする。加えて、⽇本⼈建築師によるバロック式観⾳兜形⼭牆建築の事例を通じて、その受容の実態についても検討する。

近代上海天主教建築中的中⻄樣式融合與調適—以“觀⾳兜”形⼭牆為例

19 世纪中叶,法国耶稣会基于“中国⽂化适应”策略,在上海徐家汇⼟⼭湾⼀带建⽴了规模庞⼤的天主教社区。在此过程中,上海本⼟建筑特有的“观⾳兜”形⼭墙被融⼊天主教建筑体系,成为中⻄建筑⽂化碰撞与交融的视觉表征。这⼀元素不仅出现在宗教建筑中,也对以上海⽯库门为代表的城市⺠居形态产⽣了深远影响。本研究将考察“观⾳兜”形⼭墙在天主教建筑中的移植、调适与融合过程,剖析其如何逐步演变为⼀种独特的“巴洛克式观⾳兜”⼭墙⻛格。此外,研究还将通过⽇本建筑师运⽤该⻛格的设计案例,探讨这⼀混合建筑形式在东亚地区的接受、转译与传播轨迹。

<形式、尺度、宣教地の実践:上海聖ヨゼフ天主堂と⻑崎⼤浦天主堂の建築⽐較(19世紀中葉)> 
屈思嘉
(同済⼤学⼤学院)、楊磊(思原編譯館)
コメンテーター
(點評者): ⼩倉康之 (⽟川⼤学)

本発表は上海洋涇浜聖ヨゼフ天主堂と⻑崎⼤浦天主堂を対象として、19 世紀中葉の天主堂が東アジアで建造される時に⽤いられた尺度、技術、現地の条件を検討する。両者の関係を単なる「⻄洋式の移植」あるいは中⽇様式の⽐較として捉えない。むしろ両聖堂の⽴⾯の⽐例、鐘塔の尺度、空間システムと構造上の差異を⽐較することにより、異なる歴史的背景における異なる聖堂設計の理念、尺度の採⽤、構造と空間の実現を通して、現地の条件に合わせた「建築可能性」を出発点とする「現地化」のプロセスを分析し、上海と⻑崎との宗教建築における⽂化融合の試みを理解するための新しい⾓度を提供する。

形式、尺度與在地實踐:上海洋涇浜天主堂與⻑崎⼤浦天主堂的建造(19世紀中葉)

本发⾔以洋泾浜天主堂与⼤浦天主堂为研究对象,探讨 19 世纪中叶天主教堂在东亚建造过程中所⾯临的尺度、技术与在地条件问题。研究不再将两者视为单纯的“⻄⽅样式移植”或中⽇风格对⽐,⽽是聚焦于更为具体的建造逻辑。通过⽐较两座教堂在⽴⾯⽐例、塔楼尺度、空间组织及结构做法上的差异,指出教堂设计理念在不同历史背景下,围绕尺度控制、结构构成与空间实现展开,是以可建造性为出发点的本地化过程,为理解两地宗教建筑的跨⽂化建造提供了新的视⾓。

<⼟⼭湾歴史の裏⽅―⽥中徳修道⼠> 
張暁依
(上海市徐匯区⾮物質⽂化遺産保護辦公室、復旦⼤学⼤学院)
コメンテーター
(點評者): 郭南燕 (明治⼤学)

⽇本⼈修道⼠⽥中徳は、⼟⼭湾⼯房の歴史にとって⾮常に重要な⼈物である。しかし、この⼈の⽣涯は謎に満ちている。その出⾃、経歴、晩年、本名については異なる説がある。しかも、彼の最後に関しても議論が多数ある。本発表はイエズス会の中華管区とフランス管区の関係資料を整理し、⽥中修道⼠の仕事を⾏なったことのある匯師⼩学校、⼟⼭湾孤児院⼯房などを訪問し、歴史⼈物としての⽥中徳修道⼠の事実を明らかにすることを⽬的とする。

⼟⼭灣歷史背後的“⽥相公”

⽇籍的⽥中德修⼠⽆疑是⼟⼭湾孤⼉⼯艺院历史上⾮常重要的⼈物。然⽽另⼀⽅⾯,他的⼀⽣充满着各种谜团:多年来,其⾝份、经历、结局,甚⾄姓名,都存在各种不同的说法,即使到他⽣命的最后,也存在各种争议。本发⾔通过整理耶稣会中华省、法国省的相关资料,访问⽥修⼠所⼯作过的汇师⼩学、⼟⼭湾孤⼉⼯艺院等地,尝试还原历史上真实的⽥中德修⼠。

<マルマン神⽗と⼟⼭湾との関連に関する研究(付:新発⾒⼟⼭湾作品⽬録の情報共有)>
潘致遠(上海社会科学院歴史研究所)
コメンテーター(點評者): 郭南燕 (明治⼤学)

パリ外国宣教会(MEP)のマルマン神⽗(Joseph Marmand)は 1877 年から 1912 年まで⻑崎と 五島列島で活動をした。本研究は、現地調査の結果とマルマン神⽗の経歴を⽐較し、⼟⼭湾作品の分布と神⽗の⾏動の軌跡との関連性が密接であることに気づいた。現在は、実際の輸⼊品の記録が⽋けているため、⽂書類の整理を通してその関連性の可能性に対する解釈に⽌まる。1873 年に⽇本では、禁教⽅針が解除された後、⽇本の聖堂建築と宗教的物資が⼤幅増加し、当時の上海⼟⼭湾の⽣産品が宣教師たちのよく購⼊した物品であった。マルマン神⽗の建築にもっていた深い興味、徐家匯を拠点とするイエズス会との交流(2 回ほど上海に⽴ち寄った記録)を⾒れば、上海と⻑崎・五島をつなぐ役割を果たした可能性が⼤きいと思われる。神⽗が主任司祭を担当したことのある堂崎、三井楽、⿊島に⼟⼭湾の刻印を⽰す聖像と祭具が今⽇依然としてあることを、神⽗の役割を⽰す物質的証拠と考えてよいだろうと思われる。
本発表の最後に、ここ⼆年間、徐家匯蔵書楼で⾏われた修繕に伴う資料整理の過程で新たに発⾒された⼟⼭湾作品の図録の情報、初歩的整理状況を共有する。

⾺芒神⽗與⼟⼭灣的關聯探析(附:新⾒⼟⼭灣產品圖錄情況分享)

巴黎外⽅传教会⻢芒神⽗(Joseph Marmand MEP)曾于 1877 ⾄ 1912 在⻓崎和五岛地区活动。本研究通过⽐对实地考察结果与⻢芒⽣平经历,发现现存⼟⼭湾⼯艺品的遗存分布与他的⾏动轨迹存在⾼度相关性。在⽬前仍缺乏确凿物流记录的情况下,本⽂将通过档案梳理提供⼀种可能的解释。1873 年⽇本禁教令解除后,⽇本传教区对教堂营建及宗教物资的需求⼤幅增加,⽽上海⼟⼭湾的产品是当时传教⼠惯常订购的选项之⼀。⻢芒凭借其对建筑的浓厚兴趣,以及与徐家汇耶稣会的交往背景(记录显⽰⻢芒⾄少两次途径上海),有较⼤可能性成为了连接两地的关键⾓⾊。⽬前在其曾任职的堂崎、三井乐及黑岛等地,仍保留有明确标注为⼟⼭湾制造的圣爵和圣像等,为这段交流史提供了物质⻅证。
报告末尾,将特别分享徐家汇藏书楼近期在修缮盘库过程中新发现的、尚未⼊编的⼟⼭湾产品图册信息,并同步初步的清点与核对情况。

<⼟⼭湾祭具の⽇本および朝鮮への移動に関する研究>
李容相(⻘⼭学院 ⼤学)
コメンテーター(點評者): 宮⽥和夫 (⽇本⼆⼗六聖⼈記念館)

本研究は、19 世紀後半から 20 世紀初頭にかけて上海の⼟⼭湾において製作されたカトリックの祭具や宗教出版物が、⽇本および朝鮮(現在の韓国)にどのように移動し、どのように受容されたのかを明らかにすることを⽬的とする。⽇本郵船や MM(Messageries Maritimes)、朝鮮郵船の海上交通記録、各国のカトリック教会⽂書、祭具の現物調査を通じて、祭具移動の具体的なルートと流通構造を解明する。また、⽇本や朝鮮のカトリック共同体がこれらの祭具をどのように信仰実践に取り⼊れたかを検討し、東アジアの宗教的ネットワークと⽂化交流の実態を調査する。

有關⼟⼭灣祭具到達⽇本和韓國的移動航路的研究

本發⾔將梳理⾃ 19 世紀後半⾄ 20 世紀初在上海⼟⼭灣製造的祭具和宗教出版物如何輸⼊⽇本和 朝鮮(現在的韓國),如何被接受和利⽤的實際情況。通過對⽇本郵船、法國船運公司 MM (Messageries Maritimes)及朝鮮郵船的交通紀錄、各國天主教會的資料、祭具的實物調查,了解祭具的移動的具體航路和流通體系,探討⽇本和朝鮮的天主教會如何在教會中使⽤此祭具,從⽽看到東亞的宗教體系和⽂化交流的實際情況。

<中国への聖像注⽂と⼟⼭湾作品の韓国導⼊>
南ソラ(韓国教会史研究所)
コメンテーター(點評者): 潘致遠 (上海社会科学院歴史研究所)

⻑い間疑問として残ってきた韓国所蔵の聖像写真の⽋如をもつ上海⼟⼭湾⽬録の確認から本研究が始まった。 20 世紀初め、⼟⼭湾⼯房で発⾏された宗教⼯芸品カタログから切り取られた聖像が中国に注⽂され、韓国のある聖堂に奉献されたことを確認したのだ。 本発表は、⼟⼭湾で製作された宗教⼯芸品を韓国カトリック教会から注⽂した具体的事例を究明することで、中国と韓国をつなぐカトリックの聖物流通構造を明らかにする。

向中國購置聖像及⼟⼭灣作品的韓國流⼊

韓國收藏的上海⼟⼭灣⽬錄中有幾個聖像照⽚殘缺,對此我們⼀直抱有疑問,本研究始於對此⽬錄的確認。即,20 世紀初發⾏的⼟⼭灣作品的⽬錄中有聖像照⽚被裁剪下的情況,⽽相同聖像被確認為奉獻在韓國的教堂中。本發⾔將探討韓國天主教會訂購⼟⼭灣製作的宗教⼯藝品的具體事例,以便了解連結中國和韓國的天主教聖物流通的構造。

<⼟⼭湾仏塔模型の「真実性」:その資料の源泉と制作の⽅法>
林家銘 (Kevin Lam)(シンガポール・アジア⽂明博物館)
コメンテーター(點評者): 張暁依(上海市徐匯区⾮物質⽂化遺産保護辦公室、復旦⼤学⼤学院)

⼟⼭湾孤児院の⽊⼯部が制作した仏塔模型 84 台は、1915 年のパナマ・パシフィック博覧会で展⽰された。これら模型は 1:50 の⽐例で中国各地の代表的仏塔を複製し、仏塔建築に対する近代の最初の系統的整理であり、⾮常に重要な歴史的意義があるといえよう。このプロジェクトのために、修道⼠ベック(Aloysius Beck、漢字名葛承亮)を指導者とする⽊⼯部は仏塔建築に関して研究と整理を⾏なった。しかし、当時の情報源と研究条件の制限により、多くの模型は実際の仏塔の細部を反映することはできなかった。ある場合は憶測による制作と芸術的加⼯が⾒られ る。本発表は、模型と 20 世紀初期の仏塔の原型を⽐較し、⼟⼭湾の模型制作における肝⼼な成形、細部、⽐例を分析する。この⽅法は、⼟⼭湾⽊⼯部の中国建築の認識不⾜を批判するためではない。むしろ、模型と原型との差異を通して、⽊⼯部のもっていた資料の範囲、情報源、制作の過程における考証と想像に関する取捨選択を把握し、近代中国知識の構築と多⽂化融合における⼟⼭湾の役割を新たに理解することを⽬的とする。

是真?是假?⼟⼭灣寶塔模型的「真實性」、資料來源與建構⽅式

⼟⼭灣孤兒院⽊⼯⼯場於 1915 年的巴拿⾺̶太平洋博覽會上展出了⼋⼗四座寶塔模型。這批模型以 1:50 的⽐例複製中國各地最具代表性的寶塔,可視為近代⾸次對寶塔建築所進⾏的系統整理與集中展⽰,歷史意義⾮凡。為完成此⼀計劃,以葛承亮(Aloysius Beck)修⼠為⾸的⼟⼭灣⼯場曾對寶塔建築進⾏研究與整理。然⽽,受限於當時的資訊來源與研究條件,不少模型在細節上未能完全對應實際建築,部分甚⾄可⾒臆想或藝術加⼯的情況。本報告將⽐較模型與其所對應寶塔於⼆⼗世紀初期的原貌,分析⼟⼭灣寶塔模型在形制、細部與⽐例上的關鍵問題。此⼀⾓度並⾮意在批判⼟⼭灣⼯場對中國建築的認識不⾜,⽽是藉由模型與原型之間的差異,探討⼯場所掌握的資料範圍、知識來源,以及其在製作過程中如何於考證與想像之間作出取捨,從⽽重新理解⼟⼭灣在近代中國知識建構與跨⽂化史中的意義。

<⽇本国内外の⽊彫⾵俗⼈形の所蔵状況と⻩楊⼈形制作の⽬的、および蒐集の経緯について>
中尾徳仁(天理参考館)
コメンテーター(點評者): 鄭巨欣(中国美术学院)

天理参考館(奈良県天理市)は、1930 年に上海の⼟⼭湾孤児院で購⼊した⻩楊製の⾵俗⼈形

(⻩楊⼈形)を 108 点所蔵している。本発表では、筆者が本科研による調査で得られた⻩楊⼈形の情報についての総括を述べる。具体的には、国内外の各施設が所蔵する⻩楊⼈形の類似品を紹介し、⼟⼭湾孤児院が⼈形を制作した理由や、天理教⼆代真柱の中⼭正善がそれらを購⼊した経緯、および天理参考館で⼈形が展⽰された歴史について紹介する。

⽇本國內外收藏的⽊雕⾵俗⼈形及⿈楊⼈形的製作⽬的及收集原委

天理參考館(奈良縣天理市)於 1930 年在上海⼟⼭灣孤兒院購買了⿈楊雕刻的⾵俗⼈形 108只(⼀套)。本發⾔將概括我在本科研費項⽬中調查的⿈楊⼈形的情況,即,介紹⽇本國內外各機關收藏的⿈楊⼈形的類似品、⼟⼭灣孤兒院製作⼈形的理由、天理教第⼆代統帥中⼭正善購買⼈形的原委及天理參考館展⽰⼈形的歷史。

<五島列島・福江島の三井楽教会における⼟⼭湾制の聖像>
郭南燕(明治⼤学)
コメンテーター(點評者): ⽩⽯恵理(京都芸術⼤学)

⻑崎県五島列島の福江島北端にある三井楽教会と資料室は、⼟⼭湾⼯房作成の聖像と祭具を保存している。資料室の聖像三台の素材に関して私は最近、ある仮説を⽴てている(⼤学紀要の寄稿)。2025 年 12 ⽉下旬に再度の調査を⾏い、この仮説を証明する証拠を⾒つけることができた。また、聖堂内の⼟⼭湾制のルルドの聖⺟を、伊王島⼤明寺教会の⼟⼭湾制のルルドの聖⺟の聖像と⽐較して、台座の刻字の様相が異なっていることに気づいた。本発表は最新の調査結果を報告する。

五島列島福江島三井樂教會收藏的⼟⼭灣聖像

⻑崎縣五島列島的福江島北端的三井樂教會及其資料室保存有⼟⼭灣製作的聖像及祭具,對於資料室的三個雕像的素材,我最近提出了⼀個假說(⼤學雜誌的撰稿)。2025 年 12 ⽉下旬再次進⾏了調查,找到了能夠證明此假說的證據。另外,將聖堂內的⼟⼭灣的露德聖⺟像同伊王島⼤明寺的⼟⼭灣的露德聖⺟像進⾏了⽐較,注意到台座的刻字的順序各有不同。本發表將報告最新調查結果。

<本研究課題の今後について> 郭南燕(明治⼤学)

有關本研究項⽬的今後

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